米沢牛をお探しの方へ 商品のご購入は公式オンラインショップ、または楽天市場店からどうぞ。当店の取り組みや米沢牛について、もっと知りたい方はこのまま下へお読みください。
人間は何を食べてきたか
高校生の頃の私は、ろくに勉強もせず、とりあえず受験してみるか、というような適当な高校生でした。
当然結果は出ず、浪人生になりました。
進路も決めかねていた、少しだけ先が暗く感じていた時期に出会ったのが、NHK特集「人間は何を食べてきたか」『一滴の血も生かす ~肉~』でした。
肉の奥深さ、人類と肉との密接な関係。ぼんやりとテレビを見ていた私に、少しだけ光が差してきたような感覚を、今でもおぼろげに覚えています。
一滴の血も無駄にしない、という人間の知恵に心を奪われ、日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)食品工学科を受けることを決めました。
大学では肉の切り方ではなく、腐らせないための衛生管理を学び、就職したロック・フィールドではサラダの製造と生産管理、フランス人シェフからのシャルキュトリーを学びました。
切る技術はありません。でも、無駄にせず、安全に、美味しく加工して届ける技術は、浪人時代にテレビの前で感じたあの光の延長線上にあります。
実家は1967年創業。子供の頃は「乾物屋」と呼ばれ、1981年頃に父が観光をきっかけに加工肉の製造卸を始め、1989年に工場併設の精肉小売店として今の形になりました。1992年に入社し、父が2009年に他界してから跡を継ぎました。今年で創業59年です。
仕入とカットは今も信頼する専門商社と職人に任せています。私の仕事は、彼らが届けてくれた最高の米沢牛を、一滴たりとも無駄にせず、お客様の元へ届けることです。

チャールズ・H・ダラス
(米沢牛の恩人)

本店前のダラス像
(恩人を顕彰して建立)
米沢牛の恩人
Charles Henry Dallas
チャールズ・ヘンリー・ダラスは、明治4年(1871年)、米沢の興譲館洋学舎に教師として赴任したイギリス人です。
米沢で牛肉の美味しさを知り、明治8年(1875年)、任期を終えて横浜へ戻る際に米沢の牛を一頭連れ帰りました。その肉を人々に振る舞ったところ評判となり、米沢牛が広く知られるきっかけになったとされています。
米沢牛と、私たちの想い
百有余年の歴史を重ね、米沢・置賜の風土と人々の手によって育まれてきた米沢牛。
その美味しさは、どのように生まれ、どのように受け継がれてきたのでしょうか。
「生後月齢33ヶ月以上」の「未経産雌牛」であること。
そして、一頭一頭の牛と向き合う生産者の技と想い。
米沢牛に携わってきた私たち米澤紀伊國屋が、その歴史と美味しさの背景、そして米沢牛への想いをお伝えします。
百有余年の歴史が育んだ、米沢の誇り
米沢牛は、百有余年にわたり、米沢・置賜の風土と人々の手によって大切に受け継がれてきた、日本を代表する和牛ブランドのひとつです。
その名が広く知られるようになったきっかけは、明治初期にまでさかのぼります。
1871年、米沢の藩校・興譲館に英国人教師として招かれたチャールズ・ヘンリー・ダラス氏。任期を終えて米沢を離れる際、米沢で味わった牛肉の美味しさに感銘を受け、一頭の牛を横浜へ連れ帰りました。その牛肉が評判となり、「米沢牛」の名が広く知られるきっかけになったと伝えられています。
以来、米沢牛はこの地の食文化とともに歩み、生産者をはじめ多くの人々によって、その品質と美味しさが磨き続けられてきました。
長い歴史の中で培われた伝統を守りながら、さらに高い品質を追求する。米沢牛は今も、次の時代へ向けて歩み続けています。
米沢牛と名乗るために
すべての牛肉が「米沢牛」と名乗れるわけではありません。
米沢牛銘柄推進協議会では、産地や飼育者、牛の種類、月齢、肥育期間、肉質などについて基準を定めています。
その中でも、米沢牛を知るうえで大切な特徴が、
「黒毛和種の未経産雌牛」であること。
そして、「生後月齢33ヶ月以上」であること。
さらに、公益社団法人日本食肉格付協会による格付けで、3等級以上の肉質を備えていることなど、定められた条件を満たしたものだけが「米沢牛」として認められます。
こうした基準を守り続けることが、長年築き上げてきた米沢牛の品質と信頼を支えています。
未経産雌牛を、月齢33ヶ月以上まで
「未経産雌牛」であること。そして、「生後月齢33ヶ月以上」まで肥育すること。
この二つは、現在の米沢牛を語るうえで欠かすことのできない大切な基準です。
米沢牛は、鮮やかな赤身と、きめ細かく均一に入ったサシを特徴として、長年その品質を磨いてきました。
生産者は一頭一頭の牛と向き合い、それぞれの状態を見守りながら、日々の飼養管理を積み重ねていきます。
米沢牛の基準が生後月齢33ヶ月以上と定められた背景には、これまで受け継がれてきた品質を大切にしながら、さらに美味しさを追求し、米沢牛というブランドの価値を高めていこうという産地の想いがあります。
時間と手間を惜しまず、じっくりと育てる。
その積み重ねが、米沢牛の美味しさを支えています。
置賜の風土と、生産者の技
米沢牛を育むもうひとつの大切な要素が、置賜の自然と、そこで受け継がれてきた生産者の肥育技術です。
山々に囲まれ、四季がはっきりとした置賜盆地。
豊かな水と自然に恵まれたこの土地で、米沢牛は育てられています。
しかし、恵まれた自然だけで美味しい牛が育つわけではありません。
生産者は長い年月をかけて飼料や飼育方法を工夫し、牛舎の管理や牛の手入れなど、一頭一頭と向き合う日々の仕事を積み重ねてきました。
置賜の風土と、生産者の経験、技術、そして牛への愛情。
そのすべてが重なり合い、今日の米沢牛へと受け継がれています。
米沢から日本へ、そして世界へ
かつて米沢の地で育まれ、その美味しさが人から人へと伝えられていった米沢牛。
現在では、その品質と価値をより多くの人に知っていただくため、国内だけでなく海外へ届けるための取り組みも進められています。
百有余年にわたり培われてきた伝統を大切にしながら、新しい流通や市場にも目を向けていく。
米沢で育まれた美味しさを、日本へ、そして世界へ。
伝統を受け継ぎながら、さらにその価値を高めていく。
米沢牛の新しい歩みは、これからも続いていきます。
米沢牛の美味しさを、次のかたちへ
私たち米澤紀伊國屋は、米沢の地で育まれてきた米沢牛と向き合い、その美味しさをお客様にお届けしてきました。
私たちが大切にしているのは、米沢牛という素材が持つ魅力を見極め、それぞれにふさわしい、美味しいかたちでお届けすることです。
精肉として、部位それぞれが持つ本来の美味しさを味わっていただく。
そして、ハンバーグやローストビーフ、味噌漬けなどへの加工を通して、素材の新たな魅力を引き出していく。
どちらも、米沢牛の美味しさと価値をお客様へお届けするための、大切な仕事だと考えています。
これまで培ってきた経験と技術を大切にしながら、新しい製法や商品づくりにも挑戦し、米沢牛の可能性をさらに広げていく。
伝統を受け継ぎ、次の美味しさへ。
米沢牛とともに歩みながら、私たち米澤紀伊國屋も、これからの美味しさを追求していきます。
それが、米沢牛とともに歩んできた私たち米澤紀伊國屋の想いです。
